『グーチョキパー』第4弾
人間の身体は「3つに分かれている」のではない
― 集まる力と、広がる力。その間に生まれるリズム ―
これまで「グーチョキパー」を手がかりに、人間の身体を少し違った角度から眺めてきました。
ここで、一つ大切なことを補足しておきたいと思います。
アントロポゾフィー医学では、人間の身体を大きく、
頭部を中心とする神経感覚系
胸部を中心とするリズム系
四肢・代謝系
という「三分節」で捉えます。
ただし、これは身体を三つの箱に分類する考え方ではありません。
「頭は神経感覚系だけ」
「胸はリズム系だけ」
「手足は四肢代謝系だけ」
という意味ではないのです。
むしろ大切なのは、二つの異なる力が全身に働き、その強さの割合が場所によって少しずつ変わっていく、という見方です。
資料でも、頭部では「中心へ集まる傾向」、四肢では「周囲へ広がる傾向」、その間の胸郭では両者を結ぶリズムが示されています。
頭部に強い「集まる力」
まず頭を思い浮かべてみましょう。
頭蓋骨は全体として丸く、骨どうしがしっかり結びついています。
眼や耳、鼻などを通して、外の世界から情報を受け取ります。
世界の音、光、匂いなどが、いわば周囲から私たちの中心へ集まってくる場所です。
その意味で頭部には、
集まる
まとまる
静まる
受け取る
という方向性が強く現れています。
資料でも、頭部を「周囲→中心」「受容」「静止」という方向として示しています。
しかし、この「集まる力」は頭の中だけに存在するわけではありません。
胸にもあります。
腕にもあります。
指先にもあります。
ただし、頭部から離れるにつれて、その働き方が少しずつ弱くなっていく、と考えます。
四肢に強い「広がる力」
今度は腕を伸ばしてみてください。
肩から肘へ。
肘から手首へ。
そして手のひらから5本の指へ。
身体の中心から外へ向かって、形がどんどん広がっていきます。
骨格を見ても、上腕骨は1本、前腕では2本、さらに末端へ進むと多数の骨へと分かれていきます。骨学資料では、四肢の形態の特徴として、この「拡散」が示されています。
四肢には、
広がる
動く
働きかける
世界へ出ていく
という傾向が強く現れています。
けれども、この「広がる力」もまた、手足だけにあるわけではありません。
胸部にも働いていますし、頭部にも完全になくなるわけではありません。
つまり人間の身体は、
ここまでは集約、ここからは拡散
と境界線を引けるものではありません。
二つの力が、互いに入り込みながら、全身を貫いているのです。
グーとパーをゆっくり行き来してみる
ここで、手を使って確かめてみましょう。
まずパーにします。
🖐️
5本の指が空間へ広がっています。
そこから、ゆっくりグーにしてみます。
🖐️ → ✊
すると、外へ向かっていた指が少しずつ内側へ集まります。
今度は逆に、
✊ → 🖐️
と開いてみます。
グーが突然なくなって、ある瞬間にパーが現れるわけではありません。
その途中には無数の手の形があります。
集まる力が少しずつ弱まり、広がる力が少しずつ強くなる。
その連続的な変化の中で、グーからパーが生まれます。
三分節も、これと似ています。
三つの「場所」に分類するというより、
どの力が前面に現れているか
を見る考え方なのです。
では「チョキ」はどこにある?
ここでチョキが面白くなります。
✌️
チョキは、グーでもパーでもありません。
しかし、グーとパーの真ん中を単純に取った形でもありません。
二本は開き、三本は曲がっている。
つまり一つの手の中に、
集まる方向と、広がる方向が同時に存在しています。
ここに、今回のテーマがあります。
人間の身体では、反対の力は単にどちらか一方になるのではなく、
対極を保ちながら、一つの全体の中で結びついている
のです。
胸郭は、二つの力が出会う場所
身体全体でも、同じことが起きています。
頭部では「集まる」傾向が強い。
四肢では「広がる」傾向が強い。
その中間に胸郭があります。
息を吸うと、
胸が広がる。
息を吐くと、
戻ってくる。
広がる → 戻る → 広がる → 戻る。
胸郭は、どちらか一方に固定されません。
資料ではこの運動を、「広がりながら戻る。戻りながら、もう一度広がる」というリズムとして捉えています。
ここに三分節の大切な特徴があります。
中間とは、単なる「真ん中」ではありません。
二つの対極を絶えず行き来させる働き
なのです。
健康も「真ん中にいること」ではない
健康についても、同じように考えることができます。
私たちはしばしば、
「健康とはバランスが取れていること」
と言います。
すると、天秤が水平になって動かないような状態を想像するかもしれません。
しかし、生きている身体は止まりません。
息を吸えば、次には吐きます。
心臓は収縮すれば、次には拡張します。
眠って休めば、翌日は目覚めて活動します。
ですから健康とは、
いつも真ん中にいることではなく、二つの方向を行き来できること
と考えることもできます。
集まれる。
そして広がれる。
活動できる。
そして休める。
外へ働きかけることもできる。
そして再び自分の内側へ戻れる。
この柔軟な往復運動そのものが、生きている身体の特徴なのではないでしょうか。
グーチョキパーは三つの箱ではない
もう一度、じゃんけんをしてみましょう。
✊ グー
✌️ チョキ
🖐️ パー
普通は、三つの別々の形だと思っています。
でも、ゆっくり動かしてみると、
グー → チョキ → パー
の間には、無数の形が存在します。
グーの中にも、すでにパーへ開いていく可能性があります。
パーの中にも、グーへ戻っていく可能性があります。
そしてチョキには、閉じる力と開く力が同時に現れています。
身体も同じです。
頭・胸・手足という三つの部分に、人間を切り分けるのではない。
全身を貫く、
集まろうとする力と、広がろうとする力。
その二つが場所によって強弱を変えながら働き、胸部のリズムのような中間領域では両者が絶えず結び直されている。
これが「三分節」を理解するときの、とても大切なポイントです。
今回の解剖学資料でも、頭部と四肢は二つの対極であり、胸郭はその間で両者を結ぶものとして捉えられています。
だから三分節とは、三つに分ける考え方というよりも、
一つの人間の中で、対極がどのように結びついているのかを見る視点
と言ったほうが、実際には近いのかもしれません。
グーチョキパーをゆっくり動かしていると、そのことが少し身体で分かってきます。
人間は、グーでもパーでもない。
集まりながら広がり、広がりながらまた戻ってくる。
その間を絶えず行き来できるところに、生命の面白さがあります。





