『グー・チョキ・パー』 第3弾
人間の手は、なぜこんなに自由なのか
― 骨の形から「人間らしさ」を考える ―
前回まで、「グー・チョキ・パー」を手がかりに、人間の身体を少し違った角度から眺めてきました。
今回は、その先です。
そもそも、なぜ人間の手は、グーにもチョキにもパーにもなれるのでしょうか。
当たり前のようですが、これはかなり不思議なことです。
私たちの手は、握ることもできる。
指さすこともできる。
文字を書くこともできる。
ピアノを弾くこともできる。
人を撫でることもできる。
つまり、人間の手には、
「この動作だけをしなければならない」
という決まった使い方がありません。資料でも、人間の手は握る・撫でる・書く・演奏するなど、多様な行為を担い、「身体の形だけでは次の行為が決まっていない」ことが人間の特徴として示されています。
ここに、人間の身体を考える大きなヒントがあります。
1本から、2本、3本、4本、5本へ
人間の腕を、肩から指先に向かって見てみましょう。
上腕には大きな骨が1本。
前腕では、橈骨と尺骨の2本になります。
そして手首から先へ進むにつれて骨の数はさらに増え、最後には5本の指へと広がっていきます。
今回の骨学資料では、四肢の特徴を**「拡散」の原理**として、
1 → 2 → 3 → 4 → 5 → さらに多数
という方向で捉えています。
身体の中心から末端へ行くほど、
一つだったものが、だんだん分かれていく。
そしてその分だけ、動きの選択肢も増えていきます。
肩だけではできないことを肘が可能にし、肘だけではできないことを手首が可能にし、最後に指が非常に繊細な動きを可能にします。
まるで身体が、
中心から外へ向かって、自由度を増やしている
ようにも見えます。
グーは「一つになる」
ここで、グーを作ってみましょう。
✊
5本の指が手のひらへ集まります。
バラバラだった指が、一つの塊になる。
グーには、
集める
まとめる
握る
という性質があります。
何かを強く握るとき、私たちは5本の指を一つの働きへまとめています。
パーは「広がる」
次にパー。
🖐️
今度は5本の指が、それぞれ別の方向へ開きます。
中心に集まっていたものが、
外へ広がる。
骨格そのものにも、肩から指先へ向かって骨の数が増え、末端ほど広がっていく構造があります。
資料では四肢について、身体の中心から外へ長い骨が伸び、末梢ほど運動の可能性が大きくなると整理されています。
ですから「パー」という簡単な手の形には、
人間の四肢そのものが持っている「広がる方向」
が、とてもよく表れているように思います。
では、チョキは?
✌️
グーの「集まる」と、パーの「広がる」の間に、チョキがあります。
二本の指を選び、方向をつくる。
全部を握るわけでもない。
全部を開くわけでもない。
いくつもの可能性の中から、ある形を選ぶ。
これがチョキです。
ここまで来ると、グーチョキパーは単なる手遊びではなくなってきます。
人間の手にはたくさんの運動可能性があります。
しかし私たちは、その中から、
「今はこれをする」
と一つの動きを選んでいます。
ピアノを弾く。
包丁を持つ。
字を書く。
誰かの手を握る。
同じ手でも、その瞬間ごとに全く違う形になります。
頭と手は、反対の形をしている?
さらに面白いことがあります。
頭蓋骨を見てみると、骨は互いにしっかり結ばれ、全体として丸い形を作っています。
一方、四肢では長い骨が外へ伸び、その間には多数の関節があります。
資料では、
頭部=周囲から中心へ、受け取る方向
四肢=中心から周囲へ、働きかける方向
という対照として整理されています。
頭では、世界を見る。
音を聞く。
考える。
手では、世界に触れる。
物を動かす。
何かを作る。
つまり、
頭では世界が私たちの中へ入り、
手では私たちが世界へ出ていく。
その二つの間に、私たちの身体があります。
そして胸には「リズム」がある
頭と手足の間には胸があります。
胸は、頭のように完全に静止しているわけでもなく、手足のようにどこまでも外へ伸びていくわけでもありません。
息を吸う。
胸郭が広がる。
息を吐く。
戻る。
そして、また広がる。
資料では、この胸郭の特徴を
「広がる―戻る」というリズム
として捉えています。
ですから人間の身体全体を見ると、
頭部 ― 集まる
胸部 ― めぐる
四肢 ― 広がる
という三つの異なる方向が見えてきます。
以前ご紹介した「三分節」という考え方も、実はこうした身体の形や動きの違いから見ることができます。
形があるから動く? 動いたから形ができた?
普通、私たちは、
「こういう骨があるから、こう動く」
と考えます。
もちろん、それは正しい。
しかし、もう一つ逆の見方があります。
身体が作られていく発生の過程では、最初から完成した骨が置かれているわけではありません。
細胞が動き、組織が変形し、その結果として形が生まれていきます。
今回の資料では、
「形態は運動から生じる」
という視点が示されています。
そう考えると、骨は単なる硬い棒ではありません。
長い時間をかけて繰り返されてきた、
「動きが固まった姿」
として見ることもできます。
頭蓋の丸さ。
胸郭の繰り返す肋骨。
肩から指先へ広がっていく四肢。
そこには、それぞれ違う「動きの記憶」が残っているのかもしれません。
もう一度、グーチョキパー
そこで最後に、もう一度やってみます。
グー ✊
5本の指を一つに集める。
チョキ ✌️
可能性の中から方向を選ぶ。
パー 🖐️
5本の指を空間へ広げる。
たった三つの手の形ですが、
集める
選ぶ
広げる
という、とても人間らしい働きを表しているようにも見えます。
人間の身体は、何か一つの仕事だけをするために出来ているわけではありません。
特に手は、その自由度の高さによって、
文字を書き、
道具を作り、
音楽を奏で、
人と触れ合い、
新しいものを世界につくり出してきました。
資料でも、知覚したものを胸部で受け止め、手足を通して世界へ働きかける、その循環から言葉、文字、建築、音楽、踊りといった文化が生まれるという見方が提示されています。
そう考えると、
グーチョキパーができる手は、「自由に選んで行動できる身体」の小さな象徴
なのかもしれません。
次にじゃんけんをするとき、少しだけ自分の手を眺めてみてください。
この小さな手の中に、私たち人間の長い進化と、身体の不思議と、自由の可能性が詰まっています。





